大学 | 日本大学 法学部 政治経済学科 |
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高校 | 鳥取城北高等学校 |
中学校 | 五所川原市立金木中学校 ⇒つるが市立木造中学校 |
小学校 | 五所川原市立金木小学校 |
大相撲力士の尊富士(たけるふじ)さんは青森県出身で中学校までは地元の公立校に通っています。
高校からは地元を離れて相撲部の強豪校として有名な学校に進学、大学卒業後に角界入りしました。
スピード相撲を武器に初土俵入りから新入幕まで所要9場所の史上1位タイ記録を達成!
更には新入幕で並みいる猛者たちを抑え初優勝するなど素晴らしいご活躍を魅せています。
今後の大相撲界をけん引してくれるようなスター候補といっていい期待の若手力士で、私も応援している推し力士の一人です。
そんな彼が通った学校についてもう少し詳しくご紹介します。
尊富士は日本大学出身
尊富士さんが通った大学は「日本大学」です。
学部学科は偏差値57~61の法学部政治経済学科でした。
そのため、キャンパスは地図でいうと下記の場所だったはずです。
実は大学生時代までプロにはなりたくないと考えていました。
実際、一時期はトレーニング好きを活かして本気でトレーナーを目指していたとインタビューで話しています。
全国学生選手権団体優勝に貢献するなどのご活躍はありましたが、タイトル獲得などは出来なかったので自信を失っていたみたいです。
また、高校生時代に痛めた左膝だけでなく、右膝まで怪我して長い間療養に費やしていた影響も大きかったでしょう。
ただ、相撲をやめるなら死んだ方がマシというほど諦めたくない気持ちが大きくなり、憧れの横綱・照ノ富士さんと同じ伊勢ヶ濱部屋に入門しました。
そして、当時研究して生み出した膝に負担をかけないスピード相撲が現在のご活躍に繋がっています。
まさに怪我の功名というような、どんな経験も努力と気持ち次第で自分の糧に昇華できる実例といえるかもしれません。
順風満帆な相撲人生だと勝手に想像していましたが、やはり色んな苦労を乗り越えているんですね。
それに、相撲に対する熱く真っ直ぐな情熱が原動力になっていることが伝わってきます。
緩くマイペースに過ごしてきた私には経験がなく、同じような状況になってもマネできる自信なんてありません。
それでも彼のように強い気持ちを持って夢を叶える姿は素直に尊敬できるので、今後の参考にしたいです。
尊富士は鳥取城北高等学校出身
尊富士さんが通った高校は「鳥取城北高等学校」です。
鳥取県鳥取市にある相撲の強豪校として知られている学校で、偏差値は40~61くらいです。
彼が慕っている横綱の照ノ富士さんの母校でもあり、地図でいうと下記の場所にあります。
中学卒業後に相撲部屋へ入門する力士もいますが、尊富士さんは高校進学を選びました。
なぜなら当時はプロになるつもりはなく、なりたくもなかったからです。
それでも生来の向上心からあえて一番厳しい環境を選び、地元の青森県を離れて鳥取県の学校に進学しています。
まだまだ子供といえる普通の15歳にはなかなかできない決断かもしれません。
少なくとも社会人になるまで実家住まいだった私には難しそうです。
ただ、大成する人ってやはりこういった確固たる気持ちを持っているんでしょうね。
高校時代は2年生の頃に左膝前十字靱帯の断裂という大怪我を負い、苦しむ場面も多かったようです。
それでも三年生の頃には全国高校総体個人3位に輝くなど確かな実力を身に付けました。
そのため、力士としても人間としても一回り成長できた青春時代といえるかもしれません。
尊富士は中学校を途中で転校
尊富士さんは最初、五所川原市立金木中学校に通っていました。
ただ、1年生の時に相撲部があるつがる市木造中学校に転校しています。
地図でいうと下記の場所にあって、相撲のために転校したみたいです。
小学校5年生から中学卒業まで所属していた「つがる相撲クラブ」(現在のつがる旭富士ジュニアクラブ)に通う上でも都合がよかったんでしょうね。
そして、中学校3年生の時には全国都道府県中学生大会個人3位や全中個人ベスト8などの好成績を残しています。
転校したおかげというにはちょっと大げさかもしれませんが、実力向上の一因になったことは間違いありません。
本気で何かを極めたいなら環境はとても重要になります。
東大を目指す学生がわざわざ進学校を選んだり、一流のアスリートが大金を支払って名コーチを雇うのと同じです。
もちろん自分自身の努力があってこそですが、モチベーションを引き上げる工夫や自分を突き動かす原動力はたくさんあった方がいいでしょう。
そのため、思春期真っ盛りの中学1年生で転校するのは勇気が必要だったはずですが、結果としては大成功だったといえる気がします。
尊富士は五所川原市立金木小学校出身
尊富士さんが通った小学校は「五所川原市立金木小学校」です。
地元の公立校で、地図だと下記の場所にあります。
アマチュア相撲の指導者だった祖父の影響で保育園の頃から相撲を始めて、小学生時代にはわんぱく相撲全国大会で入賞するなどの好成績を残しました。
ただ、ご本人的には最初はご褒美目当てであまり乗り気ではなかったそうです。
私自身、小さい頃は色んな習い事をやっていましたが、率先して取り組んでいたものはなかった気がします。
むしろ不貞腐れながら最低限の課題をこなしていた記憶ばかりしかないので、かなり共感できました。
今振り返ってみると役立っていることも多かったので、かなりもったいない事をしていたと反省しているんですけどね。
ただ、尊富士さんの場合は才能があるだけでなく、諦めたくない・逃げたくないという性格も力士向きだったといえます。
そして、物心つく前からずっと続けていた相撲で大成するほど立派な大人に成長しました。
どんな経験が将来に役立つのか分からないので、やはり子供には色んな経験をさせてあげたくなります。
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